学園祭の準備進む。教員も青春真っ只中です。 [キャンパス(学内外のイベント)]
大学では、桜の頃に入学式をむかえ、さつきが咲く頃に学園祭が開催されます。
5月26日、27日が今年の本祭です。たて看板がそれを知らせます。
ロビーも、学園祭一色です。
遠くのグランドには、後夜祭の舞台も組まれました。
5月25日(金)、授業前の早朝、模擬店のテントが組み立てられます。
緑のじゅうたんの上に多くのテントが組み立てられます。
トマトやじゃがいももその様子を見ています。
模擬店の50円×40枚=2000円分のバザー券も各教員に配られました。
企業を早期退職して、早10年、青春真っ只中です。
退職の日。サラリーマンに必ず訪れます。やっぱり寂しいものです。 [キャンパス(学内外のイベント)]
団塊世代の先生が退官を迎えました。職場近くの料理屋で送別会です。
店に入るとらんの花が目に飛び込んできました。
いつも利用する料理屋で、いつものような料理ですが、寂しいものがあります。刺身と鍋です。
蒸したものがあり、日本海側から、ほたるいかと蟹の酢の物です。
さかなと肉の焼き物と、てんぷらです。さかなにアブラがのっています。
最後にお茶漬けが出て、デザートで締めくくりです。いつものコースです。
いつもお世話になった女将さんから花束をもらい、複雑な心境です。
企業では総じて60歳が定年ですが、大学では総じて65歳が退官です。
3月、毎日のように見かける風景ですが、はなむけの花束を手にタクシーに乗り込みます。
退官の先生方の送別会、学生の卒業式。日本人として寂しい限りの3月です。
45年前の青春時代に橋をかける教え子からのバレンタイン・チョコ [キャンパス(学内外のイベント)]
ほりけん、45年近く前に三重県四日市にある工業高校を卒業しました。
6年前に、その母校で燃料電池の製作体験授業や講演を開催しました。
あれから、6年の歳月が経過しました。
当時、ほりけんの製作体験授業を受講してくれた学生の1人が、
ほりけんの大学を選び、ほりけんの研究室に入り、2月14日、卒業発表を無事終えました。
ほりけんとその学生との記念撮影です。ほりけんと同姓で、ほりけんの姪と言われていました。
2月14日は、くしくもバレンタインデーでした。その学生から手作りのチョコを頂きました。
可愛く包んでくれました。
まだ、食べずに大切にしまってあります。
毎年毎年、ほりけんの記憶に残る学生が卒業していきます。
45年前の青春の思い出と一緒に、「東海四季便り」のアルバムに大切に保存しました。
40年前に同級生から保管を託されたアルバムを開けてみました [キャンパス(学内外のイベント)]
京都市下京区木屋町にある「もち料理きた村」で、大学の卒業研究の同級会を開催しました。
40年ぶりの再会です。後列の左から、高井君、野村君、小谷君、西井君、高橋君、ほりけんです。
前列の左から、当時大学院生であった中山先輩と2人の恩師です。
ほりけんにとって、非常に大切なアルバムがあります。
大学院進学を決めたほりけんが、40年前、同級生から保管を託されたアルバムです。
当時は、パソコンもデジカメも無かった時代でした。
ただ、研究室で、電子顕微鏡を使う関係で、全員が写真を焼く技術を身に付けていました。
その技術で、卒業研究の合間に、同級生全員でアルバム作りに励みした。
こんな写真も残っていました。高橋君の22歳の誕生日パーティーです。
左から、野村君、ほりけん、高橋君、佐藤君、高井君です。
40年間の歳月を経て、その同級生の手作りのアルバムを開いてみることにしました。
高橋君です。今も髪は多いのですが、白くなってしまいました。
野村君です。今も、髪は黒くふさふさしています。体重が20kg増えました。
高井君です。40年前はカッコ良かったですが、髪の毛が後退しました。
西井君です。すっかり歳をとってしまいました。髪も残り少なくなりました。
西井君によれば、ほりけんの40年後の予測は下の写真でした。実は、自分の予測だったかも?
小谷君です。髪は後退しましたが、昔も今も生真面目です。
当時、大学院生だった中山先輩。歳をめされました。
ほりけんです。40年前の肌の張りも艶も無くなってしまいました。
40年間、それぞれが、それぞれの20代、30代、40代、50代を駆け抜けてきました。
大学4年生時代の友達とその思い出が、人生の中で、これ程までに
掛け買いの無いものであることを、還暦を過ぎた今、噛み締めています。
男子学生の恋愛論。22時間の奴隷タイムと2時間の皇帝タイム [キャンパス(学内外のイベント)]
ほりけんの研究室でお好み焼きパーティーを開催しました。
安く上げるために、朝から買出し、午後からお好み焼きです(左)。大量に焼き上がりました(右)。
アルコール類も大量に買い込みました(左)。研究員のOBからもお酒の差し入れです(右)。
ほりけんには、一番大きなお好み焼きが回ってきました。結構な味です。
パンケーキ(左)や海老煎焼き(右)も焼き上がりました。
一次会の後、夜遅くまで、学生何名かと懇親です。22歳の学生の恋愛論です。
2歳年上の彼女と付き合う学生の話しです。低血圧気味の彼女と朝からデートをする際には、
彼女の血糖値を上げるために朝食を買って準備しておく必要があります。
それでも、彼女の午前中の機嫌は劣悪です。機嫌をとり続ける必要があります。奴隷状態です。
夕刻辺りからは彼女の機嫌も向上し、機嫌が良いのは1日2時間程度とのこと。
この2時間が、ほりけんの男子学生が彼女に対して優位に立てる皇帝(エンペラー)タイムです。
聞いていると、男子学生の大半が、若くして恐妻家予備軍であることが鮮明に見えてきます。
角質を食べる魚に年齢を知らされる [キャンパス(学内外のイベント)]
10月19~22日、名古屋市国際展示場で「次世代ものづくり基盤技術産業展」が開催。
ほりけんの出展する燃料電池のブースの隣にIHIのブースがあります。
そこに水槽があり、その中に「ドクターフィッシュ(ガラ・ルファ、コイ属の淡水魚)」がいます。
角質を食べる魚です。ほりけんも手を入れてみました。
アッと言う間に、魚が集ってきました。
初めは、少し気持ちが悪かったのですが、段々、気持ちよくなってきました。
IHIが魚を売る訳がなく、聞いてみると「オイルレス」のコンプレッサーの宣伝でした。
そのコンプレッサーからの空気は魚も生息できるほど綺麗だとのPRです。
ほりけんの次に若い女性が手を入れましたが、あまり魚は寄ってきていませんでした。
と言うことは、魚がアッと言う間に寄ってきた、還暦のほりけんの手は・・・・・・・
それぞれの高校や大学には、一生、卒業生の記憶に残る建物があります [キャンパス(学内外のイベント)]
どこの大学にも象徴的な建物があります。卒業後も、卒業生の記憶に残る建物です。
ほりけんの大学にも、「ゴビーホール」なる円錐型のホールがあます。大学の象徴的な存在です。
晴天の春、「ゴビーホール」は、笑顔で学生が企画した学園祭を見つめます。
夏、厳しい西陽を受けても、何を言うことも無く、耐えています。
秋、学生も疎らになったをキャンパスと「ゴビーホール」を、月の光が照らします。
冬、雪の中からも、「ゴビーホール」からは、ほのかな温もりが伝わって来ます。
そのホールに、自動車会社、電機会社から燃料電池の開発リーダを招いて講演会も開きました。
300名以上の一般市民や高校生が集まりました。
先日、ほりけん、その「ゴビーホール」で、1年生の学生を対象に燃料電池の講義をしました。
大ホールでの講義、ややもすれば、居眠りをする学生もいます。
100名以上の学生を90分に亘って居眠りをさせない講義、結構、難しいものがあります。
大学だけでなく、高校にも、それぞれの学校を象徴する建物があります。
その建物は、長く、卒業後も卒業生の心に残ります。
そうした建物で行う講演や講義には、ほりけん、一段と力が入ってしまいます。
木工に興じる子供たちに、日本の発展の原点をみました [キャンパス(学内外のイベント)]
三重県鈴鹿市にあるスーパーマーケットの2階フロアから木工に親しむ親子を見付けました。
子供達が何かを組み立てているようです。
1階フロアに下りてみました。「三重の木」利用推進協議会とあります。
近付いてみました。幼児達が木工に戯れています。
多くの親子がいます。見ている親も楽しそうです。
思わず微笑んでしまいます。
結構、長時間に亘って、熱心に組み立てています。
最近、小・中・高校生がパソコン・ゲームやインターネットや携帯電話に興じ、
日本の高度成長を支えてきた物造りに接する機会がなくなってきました。
ほりけん、夏休みには小学生や中学生に、燃料電池を実際に作ってもらう教室を開きます。
楽しそうに、小学生が燃料電池を組み立てます。
出来あがった燃料電池に水素を流して、発電をします。おじいちゃんも参加です。
ほりけん、時には、愛知県の高校を回り、多くの学生の前で講演を行ったりもします。
工学や物造りの面白さを伝えたいと考えています。
ふと立ち寄ったスーパーで木工に興じる子供たちを見つけました。本当に楽しそうでした。
その子供たちに、日本を支えてきた物造りの原点を見ました。
こうした子供の気持ちを大切にし、伸ばしてあげることが、ほりけん世代の使命と考えています。
ほりけんの職場で開催された学園祭に、40年前の学生時代を偲んでいます。 [キャンパス(学内外のイベント)]
5月下旬、名古屋も梅雨に入りました。梅雨の中、ほりけんの職場で学園祭が開催されました。
例年、梅雨に見舞われることはないのですが、今年は、梅雨の中、出店された模擬店です。
ステージでは、色々なバンドが日頃の練習の結果を披露します。
ゴレンジャーですかね?模擬店の宣伝です。学園祭を盛り上げます。
タイガーやシマウマも模擬店のPRです。
最近は、学園祭に併せて、オープンキャンパスも並行して開催されます。
ロボット学科から色々なロボットの演技が出展されていました。ロボット7台による相撲大会です。
土俵から落とされたら負けです。どのロボットも格好だけは立派です。
①鎧兜のロボットも出てきました。 ②勇ましく立ち向かいます。 ③そこにパンチ!!
④鎧兜の武将、一発で沈みました。 ⑤更に追い討ちです。 ⑥キック!! が、共に転倒です。
その日のほりけんの昼ごはんは、教え子の模擬店で買った焼きそばとポテトでした。
思い起こせば、40年近く前、ほりけんが学部の4年生の時、
模擬店で売り残った秋刀魚20匹近くを研究室のガスコンロで焼いたのですが、
全館にサンマの煙と臭いが立ち込めました。その時、尊敬して止まない我が指導教官は、
それを叱りつけるのではなく、学生と一緒になって秋刀魚を食べておられました。
ほりけんにとって、一生忘れることのない、宝物のような思い出です。
卒業式と入学式、楽しいことも悲しいこともあります。 [キャンパス(学内外のイベント)]
3月の学位記授与式(卒業式)、4月の入学式が、ほりけんの職場で行なわれました。
卒業式には、学生から贈り物を頂くこともあります。今年も、ネクタイを頂きました。
ほりけんが、緑色が好きだということで、緑のネクタイが増えてきました。
先生職を務めていると、楽しいことばかりではありません。悲しいこともあります。
病床に伏し、闘病生活を続けてきた学生の母親から、今年の3月に悲しい知らせが届きました。
生前、その学生は、入退院を繰り返しながら、時々、両親に連れられて旅行にも行っていました。
ほりけんが干し柿が大好物だと言うことで、いつも、お土産に干し柿を買ってきてくれました。
ほりけんが、美味しそうにその干し柿を食べていると、ニコニコしていました。
だんだん病状は悪化していきました。今は、その楽しそうな顔を見ることも出来ません。
3月、多くの学生が社会に巣立っていきます。卒業式と共に、学園の1年間が終ります。
卒業生とすれ違いに、何もなかったかのように、4月上旬、入学式が行われました(左の写真)。
ほりけんの燃料電池研究センターの前、入学式を終えた学生と父兄、希望に胸を膨らみます。
父兄の弾むような声が、青空にコダマします。
入学式が行なわれる体育館の裏の桜が、決まって、この時期、満開になります。
ほりけん、学生の喜怒哀楽と共に、教員職を続けています。
多くの思いをキャンパスに刻んで、今年も、新入生とともに新学期が始まりました。